FC2ブログ

ちょっと変な塾長のブログ 

ライトハウス・アカデミーに関わる全ての人がHAPPYになりますように・・・・願いを込めて

子どもたちの幸せを奪っているのは日本の塾か、学校か!?

●子どもたちの幸せを奪っているのは日本の塾か、学校か!?

今回の記事は、毒だらけ。よほどヒマな人以外読まないで下い。

さて、
「世界で住みやすい街」
「代ゼミが崩壊」
二つの記事が昨日のJapan Times(英字新聞)の同じページに。

私は時々、英字新聞で世界からみた日本というものを意識的に体験するために、外国人が書いた記事に目を通す。

日本の新聞はどこかの権力を擁護するために書かれているものが多いので正確な情報が得づらい。
特に最近の○経新聞はひどい。
意図的(政府に加担して消費税10%を達成するためだろう)に、よくもない指標を強引に、よく見せかけている。
ただ、もう見せかけの景気回復の記事も限界に達しつつあるようだ。

こんなふうに、日本の記事は権力者の意図が記事に反映されやすい。
その権力に不要な記事は抹殺される。

しかし外国の新聞は極めてシンプルに事実をえぐりだす。

昨日、偶然並んでいた英字新聞の記事の中に、日本がなぜ、ぱっとしないのかの真実がかいまみえた。

「世界で住みやすい町」
この記事には、日本は世界でもっとも住みづらい街の一つだという。
なぜか、それは、OECD諸国(アメリカ、ヨーロッパ等の先進国)の中で最も教育費が高い。
OECD平均の2倍という。
日本に暮らしていると実感がある。
一人、中学から私立へ入れるには年収800万の世帯でギリギリ。
二人、中学から私立へ入学させるなら年収1000万以上でも破綻のリスクが高まる。
それでも、首都圏の3割程の親は、自分の人生と引き換えにでも、私立中を選択する。
それは立派なことでもある。
ただそれは本当に正しい選択なのか。もう一つの次の記事が事実をあばく。

「代ゼミが崩壊」
27教室中、20教室を閉鎖。
国内の新聞でも取りあげられてはいる。
ただどこも分析が浅い。
唯一、外国人記者がみた代ゼミ崩壊の記事は、かなり興味深いものだった。
世界からみた日本の教育の盲点をついているからだ。
この記事では、代ゼミの敗北だけでなく、日本の教育全体の失敗までコメントしている。

予備校や学校は、世界で必要な能力を教えてはいない。
問題の答え方を教えるだけ。
物事の問題の本質を見抜く力、そして根本的な問題解決力をつけさせるようなことは、何一つ日本の学校や予備校はやっていないという。
また世界では、リスクをとった若者だけが成功を勝ち取るのに、日本では安全に過ごすことしか教えられない。
また、ものすごく大きな日本の教育の欠陥も指摘していた。
「日本では、競争することを教え、協力することを教えない。」

ここは私も全くの同感だ。
中学受験塾の多くは、毎月のテスト毎にクラス分けを行う。
日○研いいたっては、クラスの中での席順も成績で分けられる。

「それがどうした。世の中はきびしいんだ。」と塾関係者の声が聞こえてくる。
まあ、それで受験に通るかもしれない。

でも、そうやって教育された子は、他者を倒すべき相手とみなす。
10歳前後で、子供の基本的なライフスタイル(考え方や、行動の傾向)は決まるという。
中学受験塾で頑張った子は、知らないうちに、まわりの人を敵とみなすようになる。
中学校に行っても、高校に行っても、大学にいっても、まわりに仲間を感じられない。
そして幸せを感じない。

また新社会人になった時、途方にくれる。
だって仕事とは、皆が協力してやるものだから。
ついていけなくて、数年で半数近くの若者が会社を辞める。

親たちは、こんなことになるなんて知るべくもなく、子供に大金を使って受験を応援する。
結果、幸せになれない、世界でも通用しない。そんな大人になっていく。

そんなふうに育って大人になった人は、自分が子供を育てる自信もない。
また、おそろしい程の教育費がかかることを身をもって知っているので、結婚しようとも思わない。
そんなふうに日本はだんだんとダメになってきている。

こんな日本を、幼児教育を一時無料にするごときの政策で国はなんとかしようとしている。
それも、低年収の人だけが援助の対象。
景気を左右する高所得者への配慮は全くない。
児戯にひとしい政策。

今、教育は本当にかわるべき時期に来ている。
私が主催する塾は、他の塾とはずいぶん違うようだ。

比べる相手は一人しかいない。
それは、昔の自分。昨日の自分。

師(先生)と弟子(生徒)がマンツーマンの対話の中で、物事を見極め、真理を獲得していく。
そして他者は敵などと思わない。
他者は仲間なんだから。

一方的な講義の代ゼミは崩壊した。

教育の最高の形は、いつも師と弟子の関係。
できればマンツーマンがいい。
師と弟子といっても、その関係は、同じ人間という意味で常に対等。

こんな時代だからこそ、対話を通した人間教育で輝く人を世に送り出したい。
他者を敵とみなすのではなく、他者をいとしい仲間とみなし、他者のために貢献できる力を授けてあげたい。
自分が生きていた生を肯定し、子供を産み、育てる勇気も与える塾でありたい。

二つの記事をみて、そんなことをつれづれに考えていた今日でした

未分類 | コメント:0 | トラックバック:0 |
| HOME |