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ちょっと変な塾長のブログ 

ライトハウス・アカデミーに関わる全ての人がHAPPYになりますように・・・・願いを込めて

ほめるとバカになる 叱るとひねくれる

あなたは、ほめて人を伸ばすタイプですか?

それとも、厳しく叱って伸ばすタイプ?

「あめ」と「ムチ」のどちらが有効なのだろう。

どちらの立場にも、それなりの言い分がある。
どっちがいいのだろう。

子育てなら
なんかほめてばかりいると、子供がバカになりそう。
「あめ」ばかり与えていては、現実の厳しい世界を生きていく子に育ってくれるのか心配だ。

でも、叱ってばかりいたら、ひねくれた子供になりそう。
「ムチ」だけを与えるのも問題がありそうだ。

多分、あなたが親か会社のリーダーなら、「ほめて伸ばす方法」にある時はひかれ
またある時は、「叱って伸ばす方法」にひかれたりしてるのではないだろうか。

そう、だってどちらの方法も、いい点があって、どちらの方法にも気になる点はある。

まあ、最近の日本の子育てでは、どちらかと言うと「ほめて育てる方法」が主流か。

子供も、大人も毎日、普通に生きてても、まずほめられることなどない。
そんな毎日の中で、人はやる気を失っていくこともある。
そんな中、誰かにほめられたり、認められたりすれば、自分を見失わないですむ場合も確かにある。

私自身、幼少の頃は、人並みはずれたド阿呆だった。
これは誇張ではなく、本当のこと。
事実、悲嘆にくれた母親は私を踏切までつれていってよからぬことを考えた・・という笑えない事実もある。
でも、私が一応、人並みに生きてこれたのは、祖父の言葉が原因だったかもしれない。
学校の先生も、友達も、母親もみなが、私のことをおバカ扱い。
ただ今は亡き祖父だけが、私のことをよく言ってくれた。
「この子は天才だ。」
クラスで自分の名前を書けたのは一番最後。
ローマ字は、ついにクラスで一人だけ最後まで理解できなかった。
学校の先生が言っていることなど何ひとつわからない。
そんな私に祖父だけが、「お前は天才だ」っていう言葉を投げかけてくれた。
そして私は、ひそかにその言葉を信じた。

また、アメリカの伝説的なUCLA(大学)のバスケットボールのコーチのジョン・ウッデン。
彼はコーチ在任中、全米優勝、史上初の7連覇を成し遂げた。
彼は選手に厳しい鬼コーチだったのだろうか。
いや事実は、逆だったようだ。
彼はこう言っている。
「私は選手をほめるか、なにも言わないかのどちからだった。」
選手が失敗しても、決して彼は叱らない。
でも、うまく言った時は、大いにほめた。
7連勝の奇跡の原因が、この指導方針にあることは明らかだろう。
またジョージア州立大学のアリソン博士らの研究によると、「アメとムチ」より、「アメとアメなし」の方が 10倍も何かの学習の上達速度が早くなるという結果も出でている。
「ほめたり、しかったり」ではなく、「ほめるか、何も言わないか」の方がいいということ。

じゃ、ほめればいいのか。

最近はやりのアドラー心理学というのをご存知だろうか。
ユング、フロイトと並ぶ、心理学の三大巨頭の一人。
なぜか、最近の日本で急に人気となっている。
「嫌われる勇気」というアドラー心理学を紹介した本もベストセラーになっている。
され、そのアドラーはほめることを否定している。
ほめることは、上下の関係。
ほめることは、相手が自分より格下であることを言っているも同然。
たしかに子供は、大人にほめられると「嫌な顔」をする子も多い。
それは、本人も、論理的には、説明できないが、何か相手にバカにされていることを本能的に悟っているからかも。
そしてほめることの裏側に人を操作しようという魂胆がある場合が多いとアドラーは言う。

ほめること、叱ること
どちらをあなたは選びますか?

私自身は、どっちでもいいように思っている。
ほめることを否定するアドラーは多少偏屈に思える。
人をほめるなんて、握手とたいして変わらない。
誰もが人を操作しようなんて思ってほめていたりはしない。
ただ、好意をしめしたいだけ。ただ気持ちいい関係を保ちたいだけ。
そんな場合も多いはずだ。

私にとって、叱るにしろ、ほめるにしろ、本気ならどっちでもいい。

大切な人(子供、仲間)を本気で思うなら、ほめてばかりもいられない。
ささいなことだって大切な場合もある。

大切な人の人生をよりよいものにしたいと思うなら、多少、嫌なことだって言う。
相手が気にいろうが、気にいるまいが。
本気の言葉は、ほめ言葉だろうが、しかる言葉だろうが相手の心にきっと届く。

相手を自分の通りすがりの人として接するなら、ほめようが、しかろうが、どっちだって同じことだ。

ライトハウスは多くの人がいる。
私は生徒も親も、先生も仲間だと思っている。
お客さんとして接するなら、こちらの思いを伝える必要もそれほどない。
でも、私は、ライトハウスという船に乗ってもらっている仲間だと思っている。
特に生徒、先生、スタッフはお客さんとしてこの船に乗ってもらっているんじゃない。
船を動かす仲間として乗ってもらっている。

皆で荒波をこいでいく。
流された先には何もない。
だから、戦い、そして皆で生き残る。

その戦いに、ほめるだの、しかるだのはどっちだっていい。

UCLAのその名コーチはこんなことも言っていた。

「教える器」は「学ぶ器」によって決まる。
つまり、相手をほめるにしろ、しかるにしろ、しっかりした「学び」がなければだめだということ。
ふらふらしている人が、他人をほめようと、叱ろうと意味がないということだ。

親子関係なら、まず親が日々を戦っている姿を子供に見せる。
会社の上司なら、弾(たま)がとんでこないところでエラそうなことを言っていないで、最前線で戦い部下の泥をかぶる。

そんな人になら、ほめられようが、しかられようが、心はさわやかだろう。

そんなの俺(私)には無理だって。私(著者)にだって無理^^;
だから一緒にがんばろ。

できるか、できないかは、僕達がどこまで本気かで決まる。

アドラーも言っている。
「大切なのは、小さなことだ。小さなことが、大きな出来事をひき起こす。」
そして
「人が本当に負けるのは他人を責めた時だ」
どんなに失敗しても、それを自分の責任として捉えている限り、あなたに敗北はない。


人生を変えるとは
今日を変えること
今日を変えるとは
今日の考え方を変えること

一緒に今日一日、ふぁいと(^.^)

p.s.

先日、日本有数の文章のプロ達が集まる会に参加した。
会場は、スタジオアルタ。
皆さん、ありがとうございましたー。
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